2019年5月23日に京都大学ウイルス・再生医科学研究所第4回個体の中の細胞社会学ワークショップを開催しました。
第一部は、Cold Spring Harbor Laboratoryの樽本雄介博士の「がん細胞の転写ネットワーク依存性とその制御」として、キナーゼドメインを標的とした新しいCRISPERスクリーニング系を用いた予後不良型急性骨髄性白血病の成立に関与する転写調節因子を特定した成果についての講演でした。博士の研究室が開発したキナーゼドメイン標的スクリーニング系はライブラリのサイズが小さく、そのため効率的な分子探索が可能です。このスクリーニング系を用いて、がん抑制遺伝子として知られているLKB1の下流のキナーゼであるSalt-inducible kinase(SIK)が急性骨髄性白血病の細胞特性維持に必要であることを見出だされました。さらに、遺伝学的およびエピジェネティックな解析を通してSIKが細胞系譜特異的な転写因子であるMEF2Cの制御に重要であること、さらに、マウスを用いたin vivo解析によりSIKとMEF2Cに対する急性骨髄性白血病の依存性が強く相関することを示されました。このことは、これまで直接薬剤標的とすることができなかったMEF2Cが抑制できるようになることを示しており、がん治療戦略の1つとなる可能性を示しています。
第二部は、まず東京工業大学情報理工学院の瀧ノ上正浩博士の「バイオソフトマター制御による人工細胞工学」として、博士のグループによって開発されたマイクロ液滴ベースの微小非平衡開放系リアクタを用いた研究とDNAナノテクノロジーを利用したDNAマイクロ液滴の制御研究という二つの話題に関する講演でした。微小非平衡開放系リアクタを用いた研究では、マイクロ流路技術を用いてトラップされた油中水滴をマイクロリアクタとしてその中で非平衡の化学振動反応を起こし、さらに別の水滴を定期的に融合・分裂させることでマイクロリアクタに定常的に反応基質を供給し、振動反応を持続させるシステムを構築されました。さらにマイクロリアクタ内の反応を観測して、供給水滴の融合頻度をコンピュータ制御することにより、リアクタ内の反応を自動制御できることも示されており、新しい化学反応リアクタとして様々な応用が期待されます。DNAマイクロ液滴の制御の研究では、Y字型のDNAナノ構造をネットワーク状に自己組織化させたDNAハイドロゲルが物理条件によって液滴様の振舞を示すことを発見されました。この現象とDNAナノテクノロジーの技術を応用して、複数種類の液滴が条件に応じて融合・接着・分離とその相互作用を制御できるシステムを構築されました。このシステムは化学的な新奇性に加え細胞内の相分離構造を理解する上で重要なモデルとなると考えられます。
引き続き、京都大学大学院工学研究科横川隆司博士の「マイクロ・ナノデバイスの生命・医科学研究への応用~モータータンパク質とMicrophysiological System (MPS)への応用~」として、モータータンパク質の生物物理学および工学応用、オンチップ血管網を用いたメカノバイオロジー研究、ヒトiPS細胞由来の細胞を用いたMPSの開発と応用研究に関する講演でした。マイクロ・ナノデバイスを駆使した分子レベルの研究として、微小管をナノスケールのトラック(ナノスリット)内に固定し、その上を運動するキネシンとATPの1分子観察、基板上にキネシンなどのモーター分子を1分子ずつパターニングし、モータータンパク質の協働性を評価する手法など、ナノ加工技術を利用した新たな生物物理学研究が紹介されました。また、組織構築の研究として、血管新生能や脈管形成能を活用して微小流体デバイス内に血管網を作製し、灌流アッセイ系としての薬剤スクリーニングやメカノバイオロジー研究への多くの応用例が紹介されました。さらに続いて、多細胞間相互作用の研究として、血管細胞・線維芽細胞のオルガノイドとがん細胞のインタラクションに関する研究、腎臓を対象としたMPSの開発事例が紹介されました。特に後者では、不死化細胞に加えてヒトiPS細胞由来細胞を用いた近位尿細管モデルも構築され、一部の腎臓マーカーが確認されるなど、マイクロ・ナノデバイス内でも多細胞間インタラクションと自己組織化によって機能性組織が出現することが示されました。
これらの講演を通して、物理学と生命科学研究の融合は、分子スケールから細胞・組織スケールまで制御系としてシームレスに解析可能となりつつあり、今後も注目に値します。
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| 瀧ノ上正浩博士(東京工業大学情報理工学院) |
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| 横川隆司博士(京都大学大学院工学研究科) |

